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東京地方裁判所 平成4年(ワ)6077号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金一六二四万四三五〇円及びこれに対する平成四年四月二四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する平成四年四月二四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、ゴルフ場の造成及び運営を目的として設立された原告が、設計許認可業務委託契約に基づき被告に報酬金の一部を前払したところ、右契約における被告の債務の履行は原始的に不能であつたので契約は無効である(予備的には、被告の債務の履行が後発的に不能になつた)と主張して、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、右前払金(付帯請求は訴状送達の日の翌日からの商事法定利率の割合による遅延損害金)の返還を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、ゴルフ場「(仮称)つくば都市カントリークラブ」(以下「本件ゴルフ場」)の造成及び運営を目的として設立された会社であり、被告は、建設工事の調査、測量、企画、設計、施工、監理、請負等を目的とする会社である。

2  原告は、被告との間において、昭和六三年一一月二一日、次の内容の設計許認可業務委託契約(以下「本件契約」)を締結した。

(一) 原告は、被告に対し、本件ゴルフ場についての開発行為許可申請業務(事前協議申請業務、開発行為許可申請業務)及び設計業務を委託する。

(二) 業務に対する報酬金 二億円

(三) 報酬金支払方法

契約締結時 三〇〇〇万円

開発行為事前協議申請書提出時から三〇日以内 六〇〇〇万円

開発行為許可申請書提出時から三〇日以内 六〇〇〇万円

開発行為許可時から三〇日以内 五〇〇〇万円

(四) 契約期間 昭和六三年九月一日から昭和六五年一二月三〇日まで

3  原告は、被告に対し、昭和六三年一一月二一日、2の契約に基づき、報酬金として三〇〇〇万円を支払つた。

二  争点

1  本件契約の原始的不能による無効

(原告の主張)

(一) 本件ゴルフ場は、茨城県つくば市小田字尼寺入四三四九番地外の土地七五万七五〇〇平方メートルを事業予定地とし、一八ホールのゴルフコースを予定していた。

(二) ゴルフ場の開発にあたつては、行政上の規制又は行政指導上、コース間の残置森林(造成にあたり伐採しないで残置する森林)を二〇メートル幅で確保することが必要であつた。

(三) (二)の残置森林を確保し、残置森林とコース面との間に適正な勾配斜度を持つた法面を確保すると、(一)の事業予定地には一四ホールのゴルフコースしか設定することができず、一八ホールのゴルフ場を造成することは元々不可能であつた。

なお、平成二年一〇月になつて、茨城県農林水産部林政課から、事前協議準備のため提出されている設計図面ではコース間の法面が絶対的に不足しているとの指摘を受け、本件ゴルフ場開発事業が不可能であることが判明した。

また、原告は、被告から、本訴における主張以前に、被告の主張(三)のような残置森林を造成森林で代替するとの話を聞いたことはない。

(四) 本件契約は、一八ホールのゴルフ場の開発に関する設計許認可業務を目的とするものであるから、一八ホールのゴルフ場の開発が不可能であれば右設計許認可業務を遂行する債務の履行も原始的に不能であり、契約自体が無効である。

(被告の主張)

(一) 森林法一〇条の二第一項によれば、地域森林計画の対象になつている民有林(本件ゴルフ場の事業予定地内の森林もこの規制を受けている)における開発行為については県知事の許可を要し(林地開発許可制度)、同条二項三号では、開発行為が森林の周辺の地域における環境を著しく悪化させるおぞれがないことが許可の要件とされており、事務次官通達によれば、「開発行為をしようとする森林の区域に開発行為に係る事業の目的、態様、周辺における土地利用の実態等に応じ相当面積の森林又は緑地の残置又は造成を適切に行うこと」が開発行為の条件とされている。

昭和六三年当時、右条件を充たす基準は、林野庁長官通達によれば、

(1) 森林又は緑地として残置することを原則とし、やむをえず一時的に土地の形質を変更する必要がある場合には、可及的速やかに伐採前の植生回復を図ることを原則として森林又は緑地を造成すること。

この場合において、残置又は造成する森林又は緑地の面積の開発行為をしようとする森林の区域の面積に対する割合は、開発行為の態様に応じ、ゴルフ場については、森林がおおむね四〇パーセント以上とする。

(2) 残置し又は造成する森林又は緑地は、ゴルフ場については、開発行為をしようとする森林の区域内の周辺及びホール間等の中間部に、開発行為の規模に応じて原則として二〇メートル以上の幅をもつて、適切に配置すること

とされていた。

また、「茨城県土地開発事業の適正化に関する指導要綱」においても、その適用を受ける開発事業につき工事の設計基準を定めており、森林の保全については、

(1) 森林の伐採は、最小限に留めるよう設計及び施工するものとし、開発区域に四〇パーセント以上の樹木地帯を保存すること。

(2) ゴルフ場のコースの造成にあたつては、コース間に約二〇メートル以上の樹木帯を保存すること

とされていた。

右のとおり、森林の保存について、林地開発許可基準では、自然森林の残置を原則としているものの造成森林をもつて補完することが許されており、補完できる限度について明確な基準はなく緩やかな運用がされていた。茨城県の指導要綱の設計基準でも、造成森林で代替することが広く行われていた。

(二) しかし、その後、ゴルフ場開発事業を制限する時流となり、「森林の保健機能の増進に関する特別措置法」が平成元年一二月に制定され平成二年五月一日から施工されたことに伴い、林野庁は、同年六月八日付けで都道府県に対し森林保全に関する現行制度の運用の見直し等を指示し、同月一一日付けで林地開発許可基準について残置森林率を引き上げるとともに、残置森林と造成森林の割合についても基準を設け、ゴルフ場の周辺部及びホール間に残置すべき森林の幅をおおむね二〇メートルとする長官通達を発した。

このため、残置森林に関する従前の許可基準についても、造成森林を大幅に認める緩やかな運用が改められ、自然森林残置の原則が強く打ち出されることとなつた。

(三) 本件ゴルフ場の開発計画は、昭和六三年当時の林地開発許可基準の運用を踏まえ、開発区域内の森林の大部分を一旦伐採し、コースレイアウトに従つて切土、盛土をして土地に造形を加え、新たに樹木を植栽することで森林を確保することとしており、この方法によれば、コース間の森林を二〇メートル幅で確保した上森林とコース面との間の法面に適正な勾配斜度をとつて一八ホールのゴルフコースを設定することができた。

しかし、(二)のとおり、残置森林に関する基準が強化され、従来の基準も厳格に運用されることとなり、造成森林による代替は制約を受けることとなつたため、本件ゴルフ場の開発計画は実現不可能となつたものである。

(四) 原告が被告に本件契約で委託した業務は「事務作業」であり、事務作業は当該作業を終了すれば債務の本旨に従つた履行をしたことになるから、その性質上原始的不能の概念を適用する余地がない。

2  被告の債務の後発的不能による報酬請求権の消滅--危険負担(原告の予備的主張)

(一) 1・(一)のとおり

(二) 本件契約締結後、ゴルフ場の開発にあたつてはコース間の残置森林を二〇メートル幅で確保しなければならないとの行政上の指導が強化された。

(三) このため、遅くとも平成二年一〇月には、(二)の残置森林を確保し、残置森林とコース面との間に適正な勾配斜度をもつた法面を確保すると、(一)の事業予定地には一四ホールのゴルフコースしか設定することができず、一八ホールのゴルフ場を造成することは不可能となつた。

(四) 本件契約は、一八ホールのゴルフ場の開発に関する設計許認可業務を目的とするものであるから、一八ホールのゴルフ場の開発が不可能となれば右設計許認可業務を遂行する債務の履行も不能となり、右は両当事者の責めに帰すべからざる事由による後発的履行不能であるから、危険負担の問題として、反対給付たる報酬請求権は消滅する。

(被告の主張)

(一) 本件ゴルフ場の開発計画が挫折したのは、原告が必要な開発同意を取り付けることができなかつたこと、用地取得ができなかつたことにも原因がある。

(二) ゴルフ場開発事業には様々な不確定要因(不能原因)があり、完成が予定されているものとはいえないから、開発事業が不可能となつたからといつて本件契約の効力に影響を及ぼすものではない。

3  被告による債務の一部履行(被告の主張)

(一) 本件契約は、無数の請負契約・準委任関係の集合体であり、報酬は全体として定められているものの、中途清算の場合には、すでに完了した事務については委託者は報酬支払の義務がある(出来高清算)というべきである。

すなわち、本件契約に基づく被告の債務は、開発許可の取得を目的として各種申請業務、申請に伴う調査、測量、設計等の業務、サービス業務を遂行することを給付の内容とし、開発許可の取得それ自体を給付の内容とするものではない。したがつて、これらの個々の業務の遂行は、それぞれ一個の履行行為であり、これら履行行為が継続的に順次に複合的に履行されていく形態の契約である。

この業務の途中で、開発許可の取得という最終目標の達成が当事者の責めに帰しえない事由により不可能となつた場合、未履行の業務は履行不能となり契約は将来に向かつて解消するが、既に履行された業務は債務の本旨に従つた弁済として被告は契約に基づく報酬を請求しうるものというべきである。

(二) 被告は、本件契約に基づく次の業務を履行し、平成三年三月一五日までに下請業者である株式会社開発計画研究所(以下「開発計画研究所」)に対し合計五五〇二万二六〇〇円を支払つた。

なお、原告は、事前協議準備書、事前協議書、環境アセスメント報告書、防災基礎調査報告書等については有形物としてその交付を受けている。

(1) 事前協議関係

a 内協議(事業主、市、県土木事務所、県総合事務所、県庁)

b 事前協議

条件確定(開発地域の確定、土地利用計画図作成)

事前協議(事業主、市、県庁)

事前協議書作成

(2) 環境アセスメント関係

企画立案、現地調査、各種調査・検査

(3) 開発許可設計基本計画関係

a 防災基礎調査

b コースレイアウト検討

(4) 許認可申請関係

図面作成、書類作成、打合せ協議

(原告の主張)

(一) 本件契約は、個別の事務作業を委任した委任契約、準委任契約ではなく、包括的な仕事の完成を託した請負契約であり、被告に部分的な報酬請求権が認められる根拠はない。

(二) 被告が行つた業務はゴルフ場開発という限定された目的の下で意義を持つ業務であり、ゴルフ場開発事業以外の用途に転用できるものはないから、原告は被告の行為から何ら現存する利益を受けていない。

4  本件ゴルフ場開発計画における被告の立場(原告の主張)

本件ゴルフ場開発事業は、被告が株式会社ニッコウ協会(以下「ニッコウ協会」)と共同して企画したものであり、被告は、当初から、一八ホールのゴルフ場の建設を保証していたのであるから、開発事業が中止となつた以上、報酬を請求できる理由はない。

(被告の主張)

原告の主張は否認する。

本件ゴルフ場開発計画には、〈1〉一場選定(茨城県においては、二〇ヘクタール以上のゴルフ場開発事業は一市町村内に一場に限定されていた)を受けることができるか、〈2〉開発計画区域内の土地所有者から総面積の九〇パーセント以上の開発同意を得ることができるか、〈3〉各種行政指導をクリヤーできるかとの不確定な要素があり、被告がゴルフ場の建設を保証することはない。

第三  争点に対する判断

一  本件経過について

《証拠略》によれば、本件の経過について次の各事実が認められる。

1  ニッコウ協会は、昭和六三年初めころ、茨城県つくば市小田地区においてゴルフ場を開発する事業を開始し、同年二月には、事業予定地を九一万一三四〇平成メートルとして茨城県つくば市に対し事前協議準備書を提出し、同年三月には、原告(設立時の商号は「株式会社筑波小田城ゴルフ」)を設立した。

2  そのころ、ニッコウ協会は、被告北関東支店営業部の次長であつた城田信治(以下「城田」)に対し、ゴルフ場の事業の買受けを希望する会社を探してほしいと依頼し、城田は、被告の営業先であつた日本住宅金融株式会社を通じて日本都市デベロップ株式会社(以下「日本都市デベロップ」)を知り、同年三月、ニッコウ協会に日本都市デベロップを紹介した。

3  ニッコウ協会、日本都市デベロップ及び原告は、昭和六三年五月二五日、〈1〉ニッコウ協会は被告と協力して本件ゴルフ場予定地の売買又は賃貸借、開発に関する事前協議書を提出する。〈2〉事前協議準備書を提出したニッコウ協会の地位権限は原告に帰属させる。〈3〉日本都市デベロップは、ニッコウ協会の土地取りまとめ資金の一部としてニッコウ協会に四億円を貸し付ける。〈4〉ニッコウ協会は、日本都市デベロップに対し、ニッコウ協会が所有する原告の全株式を一億円で譲渡する等の内容の業務協定書を締結し、日本都市デベロップは、ニッコウ協会に対し、〈3〉の四億円及び〈4〉の一億円を支払つた。

また、右協定に基づき、原告は、同年九月、つくば市に対し事前協議準備書を提出した(ニッコウ協会の事前協議準備書は取り下げられた)。

4  原告、被告及び日本都市デベロップは、同年一〇月三一日、〈1〉原告、被告及び日本都市デベロップは、共同して本件ゴルフ場を建設する、〈2〉三者の役割は、原告は用地買収業務、諸官庁の開発許認可の手続、取得業務及び本事業誘致に関する地元地権者又は周辺住民に対する同意を含む一切の業務、日本都市デベロップは原告に対する事業資金の供与、被告はコース設計、用地造成、クラブハウス建設業務、原告の諸官庁の開発許認可の手続、取得業務に対する協力、本事業達成のための協力とする等の内容の業務協定書並びに〈1〉事業資金は一三〇億円を限度とする。〈2〉日本都市デベロップは、用地買収先行資金の一部又は経費等の借入金の担保として埼玉県大宮市の土地を提供する等の内容の覚書を締結した。

なお、右業務協定書では、本件ゴルフ場の事業計画地は、七五万七〇〇〇平方メートルと計画されていた。

また、被告は、日本都市デベロップの取引先である株式会社シー・エル・シー・エンタープライズに対し、同日、「日本都市デベロップが株式会社シー・エル・シー・エンタープライズに対し事業資金融資を申請するにあたり本事業が円滑に推進するよう原告、日本都市デベロップに対し協力、支援する」等の内容のゴルフ場事業用地買収に関する確約書を差し入れた。

5  ニッコウ協会、日本都市デベロップ及び原告間の五月二五日付け業務協定書では、土地取りまとめ及び事前協議書申請の完了につき同年一〇月三一日を目処とし、同日限りこれらができなかつたときは、ニッコウ協会は日本都市デベロップに対し借入金を返済し、原告の株式を買い戻すとの約定があつたが、右三者は、同年一一月一〇日、〈1〉右期日を昭和六四年一二月二五日まで延期する。〈2〉日本都市デベロップは、ニッコウ協会に対し、一億円を貸し付ける等の内容の追加業務協定書を締結し、日本都市デベロップは、ニッコウ協会に対し、昭和六三年一一月一四日、一億円を追加で貸し付けた。

6  続いて、原告と被告は、同月二一日、本件ゴルフ場建設事業に関し、〈1〉本件事業は、茨城県つくば市大字小田地区外を計画地とし、敷地面積約七五万七五〇〇平方メートル、計画概要一八ホールのゴルフ場、クラブハウス外とする。〈2〉原告は本件事業用地取得、地元対策等の業務を行い、被告はその業務に協力する。〈3〉許可取得のために必要な関係諸官庁との関係行為申請業務及び許認可業務は被告が行い、原告は協力する。〈4〉本件事業に係わる建設工事に関し、適正価格で原告は被告に発注する等の内容の(仮称)つくば都市カントリークラブ建設事業基本協定書を締結し、日本都市デベロップは、被告に対し、右協定に基づく原告の債務を連帯保証した。

そして、同日、原告と被告は、本件契約(第二・一・2の設計許認可業務委託契約)を締結した。

7  被告は、本件契約上の業務を開発計画研究所に委託し、開発計画研究所の担当者が調査、資料の作成等を進めるとともに、必要に応じて、原告の担当者、被告の担当者とともにつくば市、茨城県と協議を行つた。

8  ニッコウ協会、日本都市デベロップ及び原告は、平成元年七月四日、〈1〉右三者間の昭和六三年五月二五日付け業務協定書及び同年一一月一〇日付け追加業務協定書に基づき日本都市デベロップがニッコウ協会に貸し付けた五億円は、本件ゴルフ場の企画開発費に充当する。〈2〉ニッコウ協会と日本都市デベロップは、本件ゴルフ場の企画開発費の最終精算金を一七億円とし、本件協定書締結時に二億円を支払う等の内容の協定書を締結し、日本都市デベロップは、ニッコウ協会に対し、右協定書締結日に二億円を支払つた。

9  原告は、つくば市の指摘に沿つて、つくば市に対し、同年一二月一四日、事前協議準備書の一部変更届出書を提出し、平成二年二月九日、原告は、つくば市から一場選定を受けた。

10  原告は、同年一〇月一日、茨城県農林水産部林政課と協議したが、右林政課からは提出されている図面では法面の勾配がきつすぎて法規違反であるとの指摘を受けた。

そのため、図面を検討した結果、コース間の残置森林を二〇メートル幅で確保し、残置森林とコース面との間に適正な勾配斜度を持つた法面を確保すると、事業予定地内には一四ホールのゴルフコースしか設定できないことが判明したが、茨城県は、右の二つの条件を充たすことを要求したため、原告は、一八ホールのゴルフ場の建設は断念せざるをえなくなつた。

11  平成三年三月三一日、事前協議書をつくば市に提出する最終期限が到来し、本件ゴルフ場の開発計画は最終的に断念された。

二  争点1及び2について

1  一で認定したとおり、本件ゴルフ場は、茨城県つくば市小田地区の土地約七五万七五〇〇平方メートルを事業予定地とし、一八ホールのゴルフコースを予定していた。

2  森林法一〇条の二第一項によれば、地域森林計画の対象となつている民有林において開発行為(土石又は樹根の採掘、開墾その他の土地の形質を変更する行為で、道路以外のものをつくる場合にはその面積が一ヘクタールを超えるものがこれにあたる)をしようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならず(林地開発許可制度)、弁論の全趣旨によれば、本件ゴルフ場の事業予定地内の森林も、右の地域森林計画の対象となつている民有林であつたことが認められる。

そして、同条二項では、許可の要件として、当該開発行為をする森林の現に有する環境の保全の機能からみて、当該開発行為により当該森林の周辺の地域における環境を著しく悪化させるおそれがないこと(三号)が挙げられており、《証拠略》によれば、右要件は、「開発行為をしようとする森林の区域に開発行為に係る事業の目的、態様、周辺における土地利用の実態等に応じ相当面積の森林又は緑地の残置又は造成を適切に行うこと」等をいい、昭和六三年当時、その具体的基準としては、〈1〉森林又は緑地として残置することを原則とし、やむをえず一時的に土地の形質を変更する必要がある場合には、可及的速やかに伐採前の植生回復を図ることを原則として森林又は緑地を造成すること。この場合において、残置し、又は造成する森林又は緑地の面積の開発行為をしようとする森林の区域の面積に対する割合は、開発行為の態様に応じ、ゴルフ場の設置にあつては森林がおおむね四〇パーセント以上とする。〈2〉残置し、又は造成する森林又は緑地は、ゴルフ場にあつては開発行為をしようとする森林の区域内の周辺部及びホール間等の中間部に、開発行為の規模に応じて原則として二〇メートル以上の幅をもつて、適切に配置することであつたことが認められる。

右によれば、林地開発許可制度の下では、許可基準として、自然森林の残置を原則としているものの造成森林をもつてこれを補完することが許されており、補完できる限度について数値をもつては示されていなかつたということができる。

また、弁論の全趣旨によれば、茨城県は、茨城県土地開発事業の適正化に関する指導要綱を定め、右指導要綱においても、その適用を受ける開発事業につき工事の設計基準を定めていたこと、森林の保全については、〈1〉森林の伐採は、最小限に留めるよう設計及び施工するものとし、開発区域に四〇パーセント以上の樹木地帯を保存すること。〈2〉ゴルフ場のコースの造成にあたつては、コース間に約二〇メートル以上の樹木帯を保存することとされていたことが認められるが、《証拠略》によれば、被告が昭和六二年一〇月に茨城県から林地開発行為の許可を受けた同県久慈郡大子町を事業予定地とする奥久慈カントリークラブの建設にあたつては、開発しようとする森林面積のうち残置される森林の割合は約三六・九パーセントであつたこと、これに造成森林を加えると森林の割合は約四二・一パーセントとなつたことが認められるから、右によれば、前記県の指導要綱の基準の適用にあたつても、森林の保存は必ずしも自然森林の残置に限られず、造成森林による代替が認められていたと推測される。

3  《証拠略》によれば、昭和六三年当時被告が構想していた本件ゴルフ場の建設方法は、開発区域内の森林の大部分を一旦伐採し、コースレイアウトに従つて切土、盛土をして土地に造形を加え、新たに樹木を植栽するとの方法であつたこと、開発行為をしようとする森林の区域の面積に対して残置森林を四〇パーセント確保し、右区域内の周辺部及びホール間等の中間部に二〇メートル幅の残置森林を確保した上で森林とコース面との間の法面に適正な勾配斜度をとろうとすると、本件ゴルフ場の事業予定地には一八ホールのゴルフコースを設定することは不可能であり、一四ホールのゴルフコースしか設定できないことが認められるが、昭和六三年当時の残置森林の規制は2で認定したとおりであり、造成森林による代替も認められていたのであるから、右に認定した事実から、直ちに、本件契約締結時において残置森林に関する規制の関係で事業予定地に一八ホールのゴルフ場を造成することは元々不可能であつたとまでは認めることができず、他に一八ホールのゴルフ場の造成が原始的に不能であつたと認めるに足りる証拠はない。

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、争点1の原告の主張は理由がない。

4  しかし、一で認定したとおり、平成二年一〇月の時点では、茨城県は残置森林を造成森林で代替することを認めず、コース間の残置森林を二〇メートル幅で確保し、かつ、残置森林とコース面との間に適正な勾配斜度を持つた法面を確保することを求め、3で認定したとおり、右の二つの条件を満たすと、本件ゴルフ場の事業予定地には一八ホールのゴルフコースを設定することは不可能であるから、遅くとも、平成二年一〇月の時点では、本件ゴルフ場の事業予定地に一八ホールのゴルフ場を造成することは不可能になつたというほかはない。

そして、《証拠略》によれば、「森林の保健機能の増進に関する特別措置法」が平成元年一二月に制定され平成二年五月一日から施行されたこと、これに伴う形で、林地開発許可制度の許可の要件の具体的基準についても、〈1〉残置し、又は造成する森林又は緑地の面積の開発行為をしようとする森林又は緑地等の区域内の森林面積に対する割合が、ゴルフ場の造成にあつては森林等がおおむね五〇パーセント以上とすると引き上げられた上、残置森林率おおむね四〇パーセント以上と新たに定められ、〈2〉残置し、又は造成する森林又は緑地は、ゴルフ場にあつては、周辺部及びホール間に幅おおむね三〇メートル以上の残置森林又は造成森林を配置すると配置の幅においても引き上げられた上、残置森林はおおむね二〇メートル以上と新たに定められたことが認められる。

右の新基準は本件ゴルフ場の造成には適用されないとしても、右の事実によれば、従来の基準の運用の変化も推測することができ、一八ホールのゴルフ場の造成は、行政上の規制の強化という、原告、被告の責めに帰すべからざる事由による不可能になつたというべきである。

そこで、被告の報酬請求権の消滅の有無について、次に検討する。

三  争点3について

1  請負契約においては、報酬は仕事の結果に対して支払われるものであるから、仕事の完成が不能となつた場合、請負人は報酬請求権を失い、報酬金の前払があつたときは、注文者が可分の既履行部分として引き取るべき仕事の一部に対応する部分を除き、これを不当利得として返還すべきこととなる、すなわち、当然の出来高払ということは予定されていない一方、委任契約においては、報酬は仕事の完成に対するものではなく、事務処理の労務に対するものである(もつとも、委任においても、事務処理が一定の成果を挙げたときに報酬を支払う旨の成功報酬もある)から、委任が受任者の責めに帰すべからざる事由で中途で終了した場合、その時までになされた事務処理の割合に応じて報酬を請求しうることとされており(民法六四八条三項)、報酬金の前払があつたときは、前払金に見合う事務処理がなされている限り、これを返還すべき理由はないこととなる。

2  ところで、本件契約は、「設計許認可業務委託契約」であり、委託された内容は、開発行為許可申請業務と設計業務に分かれ、開発行為許可申請業務には、〈1〉事前協議の申請に係わる業務(開発行為事前協議申請書及び関連資料)と〈2〉開発行為許可申請に係わる業務(開発許可申請書及び関連資料)が、設計業務には、〈1〉事前協議準備書、〈2〉事前協議申請、〈3〉開発二九条申請、〈4〉森林法に関する申請、〈5〉国有財産三二条申請、〈6〉進入道路申請、〈7〉流末水路申請、〈8〉詳細設計、〈9〉設計に係わる測量、〈10〉〈1〉から〈9〉の申請図の作成、〈11〉環境アセスメント業務があり、厳密に右の各業務に対応しないにせよ、業務ごとの金額を示した見積書が添付されている。

そうすると、本来「委託」は「委任」に通じる用語であり、その業務の内容をみても、多くは諸官庁に対する各種許認可の申請業務であつて、これが許認可の取得を給付の内容とするものというのは、許認可の性質上不適当である。

したがつて、本件契約は、開発行為許認可の取得を目標とはするものの、いくつかの準委任契約・請負契約(たとえば詳細設計業務は、請負契約というべきか)の集合体とみるのが相当であり、準委任契約の事務処理としてされた労務の割合に応じて報酬を請求しうるというべきである。

なお、本件契約には、「原告が事業の一部又は全部を中止又は廃止したときは、被告は業務を分割委託されたものとみなし、その期間までに完了した業務に対する報酬を実費計算により被告が原告に請求することができる」との約定のみが置かれているが、これが原告の都合による事業の中止を指すとすれば、請負契約であつても、委任契約であつても、被告は原告に対し清算を求められるというべきであつて、右約定の存在が本件契約の性質を決するものとはいえない。

3  そこで、被告の行つた業務をみるに、《証拠略》によれば、被告の委託を受けた開発計画研究所は、昭和六三年夏ころから平成二年初めにかけて、つくば市、県土木事務所、県総合事務所、県庁と内協議を行い、被告は、開発計画研究所に対し、同年二月一五日に右事務の報酬として八〇三万四〇〇〇円を支払つたこと、開発計画研究所は、これと並行して事前協議書に必要な図面の作成、つくば市等との協議を行い、被告は、開発計画研究所に対し、同年九月一七日に右事務の報酬として五一五万円を支払つたこと、開発計画研究所は、同年一月ころから、環境アセスメント調査にとりかかり、平成三年二月には、つくば都市カントリークラブ開発事業に係る環境影響評価作業報告書をまとめ、被告は、開発計画研究所に対し、平成二年三月から平成三年一月までの間に右事務の報酬として合計三一〇二万三六〇〇円を支払つたこと、開発計画研究所は、環境アセスメント調査と並行して防災計画基礎調査を行い、平成二年六月には、その報告書を作成し、被告は、開発計画研究所に対し、平成三年三月一五日に右事務の報酬と他の事務の報酬とを合計し一〇八一万五〇〇〇円を支払つたこと(以上の合計額は五五〇二万二六〇〇円である)が認められる。

しかし、すでに認定したとおり、本件ゴルフ場の開発事業は平成二年一〇月初めには一八ホールのゴルフコースの設定が不可能であると確定していたにもかかわらず、右以降の時期の事務処理も含まれていること、右に認定した金額は被告が開発計画研究所に支払つた金額で、必ずしも原告と被告との間の報酬額とは同視しえないことに照らすと、被告が開発計画研究所に支払つた金額すべてを被告が原告に対して請求しうる準委任事務の処理の対価と評することはできず、右金額の四分の一をもつて被告から原告に請求しうる報酬額と認めるのが相当である。

そうすると、被告が原告に請求しうるのは、一三七五万五六五〇円となり、この限りで争点3の被告の主張は理由がある。

四  争点4について

原告が争点4において主張する点は、被告が報酬を請求することについての権利濫用又は信義則違反をいうものとも解されるが、一で認定したとおり、本件ゴルフ場開発事業を日本都市デベロップに持ちかけたのが被告であるとしても、被告が日本都市デベロップ又は原告に対し本件ゴルフ場の建設を法的に保証したと認めるに足りる証拠はなく、また、被告が開発事業の挫折を予見しながら日本都市デベロップ又は原告に対し本件ゴルフ場の開発事業を勧めたとも認めるに足りる証拠はないのであつて、争点4の原告の主張は理由がない。

五  以上によれば、原告の本訴請求は一六二四万四三五〇円の不当利得返還(及び付帯請求)を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 江口とし子)

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